知的複眼思考法 誰でも持っている創造力のスイッチ

Metadata
- Author: 苅谷剛彦
- ASIN: B00FEBDDRC
- Reference: https://www.amazon.com/dp/B00FEBDDRC
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Highlights
ほかの文章になる可能性のあったもの」として目の前の活字を追っていく。つまり、「私だったらこう書いたかもしれない」とか、「どうして著者はここで、こんなことを書いているのか」を考えながら、文章を読んでいく。 — location: 619
しかし、流行の知識を追いかけていた時代には、本の著者は自分よりも数段上の研究者のように思われたのです。 — location: 665
意味が通じた場合でも疑問に感じるところを見つける。 — location: 701
反対意見が著者によって完全に否定されているのかどうかを知る。 12.根拠が薄く支持されない意見や主張がないかを見極める。 — location: 709
著者と対等になって文章を読む。書かれたものを不動の完成品だとは思わない。 — location: 839
しかし、その批判の目は、まだ自分たち自身には十分向けられない、ということです。 — location: 954
問題点を探し出すことで止まってしまっては、「批判的読書」は思考力を鍛える半分までの仕事しかできません。考える力をつけるためには、もう一歩進んで、「代案を出す」ところまで行く必要があるのです。 — location: 967
まで考えて、そして、考えたことを考えたままにしないで、必ず紙に書くこと」を強調します。思考を厳密にするうえで、書くことこそが、もっとも基礎的な営みだからです。 — location: 969
考えるという行為は、その考えが何らかのかたちで表現されてはじめて意味を持つものです。 — location: 976
しかし、なぜはっきりとした判断ができないのか、その理由がうまく説明されているとはいえません。 — location: 1032
判断の主体が私であることを、はっきりと主語である「私は」を出して、しかも、その判断の根拠が「報道」によることを明示すればよいのです。 — location: 1052
たとえば、「どうしたらよい企画書が書けるのか」と思っているだけでは、その答えはすぐには見つかりません。なぜなら、この問いのかたちのままでは、「どうしたらいいのか」を具体的に考えていく筋道が出てこないからです。こんな場合、「どうしたらよい企画書が書けるのか」を出発点に、「そもそも、よい企画書とは、誰にとってよいのか」「どんな判断基準でよいのか」「説得力の点か」「わかりやすさか」「アイデアのよさか」。いや「そもそも、よいアイデアとは何か」「おもしろさか」「有効性か」「実現可能性か」などと、最初の漠然とした疑問を、いくつかの具体的な側面に分けてみる。そして、それぞれの問いにどう答えていくのか、それぞれの答えが、どのように関係しあって、出発点の問いへの解答になるのかを考えていくのです。つまり、最初の問いをいくつかの問いに分解したり、関連する問いを新たに探していく、問いの分解と展開によって、考えを誘発する問いを得ることができるのです。 — location: 1407
このように、〈実態を問う〉形式の問いには、そのままではなかなか〈考える〉ことに結びつきにくいものがあります。じっくり考えなくても、「調べればわかるだろう」式の問いにとどまるかぎり、そのままでは、次にさらに考えていくことを誘発しない、そういう問いのかたちなのです。 — location: 1461
この「なぜ」を上手に展開していくことが、新しい問いの発見につながっていくのです。「なぜ中学生の塾通いは増えているのか」を出発点に、さまざまな「なぜ」の連鎖を発見していく。そうすることで、最初の問題にいろいろな角度から、アプローチしていくことが可能になります。 — location: 1482
たとえば、「中学生の塾通いはなぜ増えているのか」という問いに、ひとまず「なぜなら、受験競争が激しくなったからだ」という解答を与えたとします。このままでは、「ああ、やっぱり受験教育のせいね」といった常識的解答にとどまるでしょう。 そこでさらに、「本当に受験競争は激しくなっているのか」という、これ自体は〈実態を問う〉問いを投げかけてみます。この問いは、常識となっている前提を疑う問いになっています。 — location: 1485
は「六つのなぜ?」を問えといわれている。何か製品に問題があることが発見されたとき、「なぜ、……か?」という問いを、最低でも六回は繰り返せというのだ。ひとつ目のなぜに答えたら、次のなぜを発する。そして、また二つ目に答えたら三つ目、……というように、六回ものなぜを問うことで、徹底的な原因の追究を行おうというのである(三澤一文『創造マインド』講談社)。 — location: 1554